名古屋高等裁判所金沢支部 昭和30年(う)228号 判決
弁護人Aの論旨第一、二点、同Bの論旨第四点、同Cの論旨第一点、同Eの論旨第一点について。
記録に依れば原判決は判示第二に於て「被告人は選挙運動者堂森一枝と共謀の上(一)(中略)選挙運動者米岡ナツエに対し(中略)現金一万円を供与するとともに、立候補の届出をなす前に選挙運動をなし、(二)(中略)選挙運動者村井幸太郎に対し(中略)現金三万円を交付するとともに、立候補の届出をなす前に選挙運動をなし、(三)(中略)選挙運動者村井幸太郎に対し(中略)(1)(中略)現金二万円を(2)(中略)現金五千円を(3)(中略)現金一万五千円を(4)(中略)現金二万円を(5)(中略)現金五千円を(6)(中略)現金五万円をそれぞれ交付したものである。」旨の事実を認定していることを認め得べく、右認定に際し原判決は、共謀者両名中の何人に依つて、叙上供与又は交付が実行されたかの点につき、何等具体的に明示するところがないことは、まことに所論の通りであるけれども、しかしながら、本件に於けるが如き数名共謀による金員の供与又は交付行為の事実摘示は、仮令それが原判示の如き抽象的なものであつても、挙示の証拠内容を検討することに依つて、その実行者が何人であるかを具体的に知り得るに於ては、罪となるべき事実を摘示するに付、最小限度の要求を満すものとして、兎も角これを許容すべきであり、下級審の判決に於て、常に踏襲されている判示方法でもあるから、一応これを適法なものと認めて然るべきである。ところで、原判決挙示の証拠を検討すれば金員供与又は交付の実行行為を担当した者は、共犯者堂森一枝であることを認定するに十分であるから、原判決の判示方法は、必ずしも正鴻を得たものと言い難いとしても、既に説明した通り、罪となるべき事実を摘示するに当り、最小限度の要求を満すものとして適法であつて、原判決はその理由に不備の存するものと為すを得ないから、この点に関する論旨は理由がない。さらに原判決が、判示第二(一)(二)(三)の各事実を認定するに当り、事実認定の資料として、堂森せんに対する検察官作成昭和三十年三月二十四日付、同月二十七日付(二通)、同年四月八日付各供述調書謄本、堂森一枝に対する検察官作成昭和三十年三月十五日付(頁数二十六頁のもの)、同月十六日付、同月十七日付、同月二十二日付、同月二十三日付、同月三十一日付、同年四月五日付(頁数五頁のもの)各供述調書謄本、同人に対する検察官作成昭和三十年二月二十六日付、同年三月十日付各供述調書抄本など、各供述調書の謄抄本を挙示援用し、原本に基いて事実を認定せず、謄抄本を証拠として事実を認定していることは、これまた所論の通りであるけれども、しかしながら、およそ供述調書の認証ある謄抄本は、特別の事情なき限り、採証の法則上、これを供述調書の原本と同視するに妨げなく、此処に所謂特別の事情とは、特に原本に就て証拠調を為すべき必要あることを理由とし、(例えば原本に於ける署名押印の存否又はその真否如何に付争が存するため)謄抄本に対する証拠調に異議の申立がなされた場合の如き、特殊例外的の場合を指称すると解すべく、斯る特別の事情なき限り、供述調書の謄抄本は、供述者の如何に依り、或は刑事訴訟法第三百二十一条に従い、又は第三百二十二条に則り、それぞれ書証たる証拠能力を保有すると解するを相当とするところ、今これを本件につき記録に基いて検討するに、原審は第十回公判廷に於て、いずれも認証ある前掲各供述調書謄抄本それ自体に就き、親しく証拠調手続を履践したものに係り、(原本に就いて証拠調が為されたものでなく、従つて裁判所の許可の下に原本に代えて謄抄本が提出された場合に該当しない。)当時被告人、弁護人より前叙特別事情に該当する異議の申立なく、しかも原審第三回公判廷に於ける堂森せんの供述、昭和三十年七月五日及び七日の原審公判期日外証人尋問に際しての堂森一枝の供述は、いずれも前記供述調書の記載と趣旨に於て相反し、又は実質的に異るものであつた為、原審は、前掲各供述謄抄本を証拠とするにつき、被告人、弁護人の同意を得ることが出来なかつたにも拘らず、刑事訴訟法第三百二十一条第一項第二号に基き、敢てこれ等謄抄本を、事実認定の資料として採用したものであつたことを認めるに足る。そうして見れば原審が、堂森せん、堂森一枝等に対する検察官作成各供述調書の謄抄本に依り、判示第二(一)(二)(三)の事実を認定したとしても、原審の右措置は何等法令に違背するものでないから、此の点に関する論旨もまたその理由なしとして、これを排斥しなければならぬ。
(裁判長判事 水上尚信 判事 成智寿朗 判事 沢田哲夫)